プロフィール

koke*cocco

Author:koke*cocco
coccoは発達障害です。
ズボラな母kokecoccoが、
これまでのこと~いまのこと~これからのことなどを綴っています。
どうぞごゆるりと・・・。


ブログ村


fc2 ランキング


月別アーカイブ


最新記事


最新コメント


カテゴリ


メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:


カウンター


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「家族の分かれ目」(↓)の続きになりますが・・・

うちは家族が壊れちゃった部類に入ります、と(↓)で申し上げました。

cocco が3才になる頃から家族の和が狂いだし、1年生になることには母子家庭になりました。

いや~、今思えば、その頃の5~6年間は、底辺を這いずりまわるような日々・・・。
どうもがいても、なかなか上に上がってこられない状態でした。

私の精神状態が不安定でしたから、coccoにも伝わっていたのでしょう。
coccoも苦しい時を過ごしていたと思います。

母子家庭というのは、経済的にも大変です

自分が倒れたら、親子共々終わっちゃう・・・という緊張感の中、毎日働いていました。
当時、私は保育士をしていたので、体力的にも時間のやりくりも大変な中、なんとか踏ん張っていました。
でも、仕事内容の割には保育士というのは、まだまだ賃金の改善が見直されなくちゃいけないような、言ってみれば安月給のお仕事でした。

それでも、自分が働けるのに、ちょっとゴマカして生活保護を受けちゃえ!みたいな気持ちにだけはなれなかったので、そのあたりのヘンなプライドだけは捨てずに、毎日毎日をなんとか乗り越える…ような生活でした。

もちろん、cocco の父親は養育費なんかくれません。「ない袖はふれないよ~ん。」なんて、とんでもないことを発言していました。

ちなみに、cocco の父は、当時から(今も…だと思う。)障害のことを受け入れていませんでした。

義父母からは「うちの家系には、こういう子はいない!」とか「親の悪いところばっかりとって生まれてきた」とか、ひどいことを散々言われたっけ・・・。
しかも、義父母ともに教育者。義父は当時、養護学校の校長だった
義母もバリバリ勤続ウン十年の中学の先生。

先生なのに、こんな暴言を孫に吐くなんて~~

う~~~、暗くなってきた。。。。しかも長くなりそうなので、今日はこのへんで。



スポンサーサイト

コメント:

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

 | BLOG TOP | 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。